悩んでいたこと、そして4歳を迎え

ゆの吉が4歳になりました


ここ最近、ちょっと悩んでいた話を。


幼稚園の誕生会にて、日常の保育姿を見れたのだけど、私はちょっと考えてしまった。


それは、1クラス30人のクラスで、先生は大体同じ子を「○○くん!こっちに座って!」」とか、「○○ちゃん!そういうことしない!」
と、皆の前で先生は怒る姿。それを見てる子供たちは、あー、またあの子かって感じで、先生のイライラが子供にも伝わってて、子供たちが、よく怒られている子供に対して、なんとなく尊重しない感じ。大人の影響を受けてるというか。
先生も、毎回注意する子には明らかにキツイ言い方で、注意されている子が正直哀れに感じた。


ゆの吉が仲良しの子が、帰りの支度をするのにバッグを出し始めたら、「○○君!今何の時間?ちゃんとこっちに来ないとだめでしょ!」と怒られてて、正直、そんな事でも怒られないといけないの?と。

個人面談で、協調性というものをしきりに言っていたのを思い出した。恐らく、ゆの吉はその日は誕生日だったので特別扱いだったけれど、普段は3月生まれという事もありいつも食べるのも遅く、フルーツバスケットというゲームを皆でやっていたのだけど、まったく意味がわからない状態、整列もなかなかできずにキョロキョロしてるし、日ごろ怒られまくっているのが安易に想像できた。


結局のところ、人数が多い幼稚園のデメリットとして、協調性ばかりが重視されて、個を見られていないんだなと。


年中になると、今度は補助の先生がつかないくなるので、1クラス32人を1人で受け持つようになるため、何かあったらすぐアピールできないと埋もれる。ケンカが悪化して手が出ても、気付かれるのも遅い。

正直、もっと早く保育姿を知れたら良かったのに!!と思った。。。

先生がいう協調性っていうのは、結局のところ大人である先生の都合に合わせる要素が大いにあると、私もはじめちゃんもその保育を見て感じた。



話は変わり、

ある日、ゆの吉の事を抱きしめながら「ありのままのゆの吉でいいんだよ、ありのままのゆの吉でいてね」と言ったら、

ゆの吉の顔が急に曇り「でも、、じーちゃんがわがままって言った」と。それで、泣き出してしまった。

「そんなことないよ、ゆの吉はゆの吉のままでいいんだよ、言いたい事も言っていいんだよ。大人がいう事がすべて正しいわけじゃないし、何が正しいかそうでないかを自分で判断できるように、これからたくさん学んで、自分で判断できるようになろう!
そういう考えの人もいればそうじゃない考えの人もいるし、とにかくありのままのゆの吉が素敵だし、そのままでいいんだよ」と、私自身は動揺し過ぎて、自分が言っている事が正しいのか悪いのかもわからないけれど、とにかく必死に伝えると、

しばらくして泣き止み、遊ぼう!と笑顔を取り戻した。



この前、母が「じーさんは、子供と同じレベルになるから、この前ゆの吉がかんしゃくを起こしたら自分もかんしゃくを起こしたんだよ。その後私がよしよしって慰めたけど」って言ったのを思い出した。その時、まさか怒鳴りまくったの?って聞いたら、そうじゃないけどとはぐらかされた。

子供の癇癪は普通の事だし、もちろん親の方はものすごいストレスだけど、そういったものもすべて受け止めて、子供のありのままの自分を受け止めてあげてこそ、自己肯定感が育むし、自分に自信が持てる子になるというのは色々な児童心理学の本を読んで書かれているし、このブログでも自己肯定感について書いてきた。


私の父親は、孫の事は「孫はかわいい」と人に言っていたし、親以外の身近な祖父母と触れ合って愛情をもらい、できるだけ多くの人から自分を受け止めてくれる経験も、すごく重要な事だと私は考えていて、父自身も、一時預かり保育に預けなくても、自分が面倒をみれると、みー子とゆの吉の2人の面倒を数時間みた事もあったので、安心していた。


でも、今回のゆの吉の事で、正直怒りを感じた。

預かってもらえてすごく感謝しているし、悪かった親子関係も少しは縮まってきたかと思った矢先、やっぱりかという気持ちにもなった。

私の子供時代も、自己主張を両親は「わがままだ」と言い、大人の都合のいいようにさせていたのだろうという落胆。

それを、まさか自分の孫にまでさせるとは。

私が子供の頃「タバコ臭いからタバコやめてよ!」と言っても、「なんでお前のわがままに俺が付き合わないといけないんだよ」と、親に何か言えば、それはわがままで片付けられていたのを思い出した。

また私の父も、厳格な父親に同じように育てられて、個人を尊重してもらえず育ち、負の連鎖というものはこういう事かと実感した。

家長とか、子供は親の言う事は聞くものという、日本の文化背景もあるのだろうが、

子供が子供らしく生きれない、大人の都合に子供が合わせていく生き方こそ、日本人の自己肯定感の低さにつながっていると私は思っている。

人に迷惑をかけてはいけない。この言葉も日本ではよく使うけれど、私はインドの「人に迷惑をかけて生きていかなければならないのだから、人のことも受け入れてあげなさい」という教えの方がずっとしっくりくるというか。


育児を通して、さらに他人への配慮や、人の目ばかりを気にする生き方そのものに自分自身が疲れていることもあり、もっと子供が楽に生きれる方法はないかと思い始めた。



幼稚園の件もそうだし、父の対応も重なり、そして幼稚園生活の1年が終わった事もあり、

私は親として、子供の自己肯定感を育み、個性を尊重し、彼の個性を伸ばせてあげれたのだろうかと考えた。

早くして!が口癖のようになり、他の子ができて自分の子ができない事に目がいってしまったり。個性を尊重するなら、できない事も全て受け止める必要があるのに、他人と比較してできない事を伸ばそうとした時点で、個性を尊重していない事に気付いた。


そして、またはじめちゃんもここ最近、私と似たような事を考えていて、お互い色んな本を読み漁るなど、自分自身がどう子供と向き合っていこうかと模索していた。



正直、最近ブレブレだった子育て。

親としては、自分の子供には教養をみにつけさせてあげたいと思うし、色んな事をさせてあげたい。
将来くいっぱぐれないように、良い大学にいき、医者になったり、など、私たちがどう子供を導いてあげるかを考えていた。
でも、本人がやりたくないというならやらなくていいしという思いは常にあった。はじめちゃんは、良い学校に行くために教育の為に引っ越しをとも考えていたのは過去のブログの通り。そして私もまた、日々の生活に精一杯で、大きな決断はできず先送りするだけ。


しかし、最近2人で色々話し合って、1つの答えが出た。


自分の道を自分で決めなければ意味がないよねと。例えば、

成績がいいからなんとなく医学部に行くとか、親が洗脳をしていった結果医学部に行く人と、
自らの体験やきっかけで志して医学部に入った人とでは、医者になった後の人生がまったく違う。

自分の子供が職やお金に困らなくていいかもしれないけど、ゴールがそこっておかしいと。

物質的な豊かさばかりに目がいっていたけど、私たち親は、もっと子供の心の豊かさ、個性を伸ばしたり
ありのままの自分を好きになって、自信を持たせてあげることで、きっと教養や好奇心を持つことにも繋がるはずだし、
自分から夢を持って、その夢を実現させる為にやりぬく力を持たせる事が重要ではないかという結論に至った。
はじめちゃんは、自身の今までの考え方を否定し出した。


子供が生まれた時は、レールを敷いては絶対いけないと思っていたはずなのに、ついいい学校に行った方がいいのではないかと、そちらの方にブレてしまった。

自分が行きたい道を自分で拓き、その行きたい道へ行けるように応援する事が親だと、改めて思った。
その行きたい道が自分で見つけられるように、できるだけ多くの色んな事を経験させ、自分で選択してもらう。
そうなるには、まず自分を好きになって、自分に自信を持つことが重要。大人に合わせる生き方ではなく、自分をしっかり持ってもらうために、子供時代は、自分らしく生きてもらう事。


私たちも親になってまだ4年で色々模索中でわからない事だらけ、色々なものに流されてしまっている部分が多いのだけど
逆に幼稚園の件や、父の件のお陰で、私自身も変わるきっかけになった。また、フランス旅行に2人で行き、若者の私たちとは違う生き方の話を聞けたのも良かった。


なので、毎日「今日も生きてくれてありがとう!」とか、「ゆの吉がいてくれてとっても嬉しいよ」と伝えるようにして、
そういう事で、また私自身もとっても満たされる気持ちになるというか・・・

きっと、ゆの吉を通して、子供の頃にかけてもらいたかった言葉で癒しているんでしょうね。

そうすると、父もかわいそうな育てられ方をしたんだと思うし、幼稚園に対しても、逆の立場ならちゃんとして!って思うだろうなと思える。



父の件は、私も親に甘えていた部分もあったのだろうと、しばらく会うのを控えようかと。やはり親に近い存在がいう言葉は、子供にとって親に言われたのと同じ位、潜在意識に働いて、自分を自己嫌悪させるきっかけになると思うので良くない。


何かあっても親が子供を全面的にメンタルの面でサポートし、外の世界でこの先色んな傷つく事や困難があっても、
自分に自信が持てる子にさせる事で、困難を乗り越えていってほしい。


私の意識改革につながった親5年目。

あっという間に過ぎてしまった4年。いつまでも何もわからない赤ちゃんではなく、彼なりに色々考えるようになってきた4歳。
戻ることはできないからこそ、1日1日を大切に育て、私たち親自身も、後悔のない子育てをしようと改めて思った。

幼稚園や祖父母というのはあくまで環境の1つに過ぎなく、子供にとって大切なのは親である私たち。


もちろん、日々生活しているとなかなか自分の考えを貫くのが難しいけれど、自分がどうしたいかが見えてきた事で、私自身も楽になった。







おしまい


テーマ: わんことの生活 -  ジャンル: ペット
by つっこママ  at 00:19 |  ゆの吉関係 |   |   |  page top ↑
プロフィール

つっこママ

Author:つっこママ
~~つっこ~~
9歳。
平成19年8月18日生まれの黒パグの女の子
鹿児島キッズドッグハウス犬舎出身

~つっこママ&はじめちゃん~
つっこを迎える為に横浜に家を購入。お付き合い10年を経て結婚。只今19年目。

~ゆの吉~
4歳

~みー子~
2歳

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